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十三塚とツツジの毒

更新日:2005年7月1日このページを印刷する

 十三塚とツツジの毒●第19回(99年6月掲載)

 

十三塚とツツジの毒

  その昔、山の上にあるお寺に十三人の子どもが、手習いに通っておりました。
  ある日のこと、一人の子がお弁当のおはしを忘れていることに気づき、とっさに境内の山ツツジの枝を折って、おはしのかわりにしたのです。
  それを見たほかの十二人もおもしろがって、全員が山ツツジの枝をおはしのかわりにしたではありませんか。
  ところがです。お弁当のあと、子どもたち全員が腹痛を訴えて苦しみだしたから大変です。山の上でのできごとでお医者さんも間に合わず、とうとう全員が亡くなってしまいました。
  原因は、山ツツジの枝に含まれる猛毒にあたったのです。子どもたちの師匠である和尚さんは、ツツジの枝には毒があることを教えていなかったことをとても残念がり、悔やんでも悔やみ切れずに涙が止まりません。
  せめてものつぐないにと、子どもたちの亡きがらを丁重に弔って十三個の石積みの小塚を築きました。
  それ以後は、一列に並んだ子どもたちの塚の前で毎朝読経するのが和尚の日課となったと言います。この時に築かれた塚こそ、現在もなお山の上に一列に並んで残る十三塚なのです。

<解説>
  この話は、梯地区の湯ノ原という場所に残る十三塚にまつわるものです。完全な形として残るのはここだけです。基本的には石積み塚と言ってもよいでしょう。
  一つ葉ナンテンが生えている場所に財宝が埋められているなどの埋蔵金伝説もあってか、いくつかの塚は掘られた痕跡があります。
  八女郡内にも埋蔵金伝説は何ヵ所もあって、そのいずれもが信憑性は極めて低いと言ってもよいのです。いつの時代にも、このような夢はつきもので、ここの話もその例外ではありません。
  紹介した話は、ツツジの毒にあたって亡くなったことになっていますが、ここの十三塚にはいま一つの説があります。雀の子を捕らえて遊んでいるのを、和尚さんにしかられたのを苦にして、川の渕に入水した子に同情して、ほかの十二人もことごとく入水して果てたと言う内容です。その亡きがらを丁重に弔って築いたのが、十三塚だと言うのです。東福寺の十三塚の話とだぶって伝承されたものでしょう。

 広川町郷土史研究会

 文・岳野 住人  画・梅本 光男

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