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あかがり地蔵は三霊仏の一つ

更新日:2005年7月1日このページを印刷する

 あかがり地蔵は三霊仏の一つ●第14回(99年1月掲載)

 

あかがり地蔵は三霊仏の一つ

  昔の甘木街道の辻に祀られてるお地蔵様を、"あかがり地蔵"と呼びます。ずっとずっと昔のこと、最初に祀られたのは銅(あかがね)のお地蔵様でした。いつからとはなく、銅地蔵を"あかがり地蔵"と誤って言い伝えてしまいました。
  ところがその銅のお地蔵様は、盗賊に盗まれてしまい、それからは石のお地蔵様に代わりました。

 

 

 

<解説>
   「筑後秘鑑」では、「胼(あかがり)地蔵、在長延村之西、石仏なり。昔は銅(あかがね)の地蔵なりしを、あかがりと誤れり」と記されています。このことから銅(あかがね)が、あかがりと訛って胼の字が当てられたことが分かります。胼と言う字は、ヒビやアカギレあるいはタコやマメを表し、へんと読みます。
  たとえ訛って伝わったとは言え、あかがり地蔵が尊名です。あかがね地蔵は、その尊名を導き出すための説話と考えます。むしろ銅(あかがね)とは関係なく、祈ればヒビやアカギレが治ると言った、信仰や霊験譚の中から生まれた尊名だと見る方が、無理はないでしょう。いわゆる異名地蔵の一つと考えます。
  お地蔵様には例えば、イボ取り地蔵・縁結び地蔵・水引地蔵など、それこそたくさんの異名地蔵があります。珍らしい名前では当条区に、たむし地蔵があります。すべて霊験譚に基づく名前です。
  江戸時代に長延村庄屋の萩尾氏が書き残した書類に、「奈良の地蔵、関の地蔵、それに筑後国上妻郡長延村あかがり地蔵、これ日本三霊仏」と記されており、往時のあかがり地蔵の人気がしのばれると言うものです。
  石の表面には延命地蔵経の一節と、願主の名前が次のように刻まれていることが、採拓調査の結果判明しました。
  毎日晨朝入諸定 入諸地獄令離苦
  無仏世界度衆生 今世後世能引導
    願主 太原村圓山吉之助
  生活の近代化・合理化に伴い、ヒビやアカギレ等はもう昔語りになりました。何気無いお地蔵様の尊名に、往時の人々の真摯な祈りへの思いを馳せるのも、無意味なことではないでしょう。
 甘木街道 ・・・ 旧甘木村を経由して、黒木方面へ通じていた主要な往還。

 広川町郷土史研究会

 文・岳野 住人  画・梅本 光男

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