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お金に奢った長者殿

更新日:2005年7月1日このページを印刷する

 お金に奢った長者殿●第4回(98年3月掲載)

 

お金に奢った長者殿

 昔むかし一條の園田藪と呼ばれる所に、それはそれは大金持ちの長者殿が住んでいました。
 二畝もある広い池には、きれいな清水がいっぱいに満ちて、緋鯉や金魚がたくさんおよいでいました。庭の椿の木にはメジロが楽しく歌っていました。
 さて今日は、一條村の氏神様のお宮が建て直されたお祝いの日です。長者殿はというと、屋敷から氏神の八幡様まで千両箱を敷き並べたその上を立派に着飾って腰には大小の刀を差し、家族や家の子郎党を引き連れての参拝です。八幡様の新しい神殿よりも、長者殿の出立ちの方が、村人たちの眼をうばってしまいました。
 それからほどなくして長者殿の家では、不幸なことが次々と起こり始めたのです。たった一人の息子が家を出たきり、行方不明になってしまいました。メジロやウグイスなどの鳥は寄りつかなくなってしまい、フクロウやホトトギスなどの鳥がやってきては、気味悪い声で鳴くようになりました。あれほどきれいな清水の涌く池も、いつとはなく涸れてしまいました。
 息子の行方も分からずじまいで、長者殿の一家が絶えたという噂が広がったのは、氏神様のお宮が新しく建ってから、まだ五年とは経っていませんでした。
 長者殿はもとは久留米のお侍でしたが、あまりにもお金を粗末に扱ったために、神罰が降ったのだと、村人たちはお金を粗末にしないための戒めの話として、今日に語り継いできました。

 〈解説〉
 長者殿の墓塔は残っていて、それぞれ宝栄五年(1708・長者)、正徳元年(1711・妻)と刻まれています。その脇には息子の墓もあります。息子は正徳五年(1715)に長崎で死亡と刻まれています。長者の後裔は更なる神罰を恐れて、八幡様に鳥居を寄進しており、享保五年(1720)の年号が刻まれています。

 広川町郷土史研究会

 文・岳野 住人 画・梅本 光男

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